皆さん、こんにちは。
本日は、今年最後の記事となります。
12月31日は、また新たに体験記を書いてくれる人が1人増えましたので、その方に書き込んでもらう予定です。
今回も、前回の「一度克服したマイナス感情は、二度味わうことはない」の続きをお話したいと思います。
マイナス感情って、やはり物凄い力を秘めていますね。
このマイナス感情を避けるか、受け入れるかで、人生も全く変わってくるのですから、「何を信じるか」という事がとても大事になってきますね。
「何を信じるか」
もしかしたら、これに尽きるかもしれません。
私は幸い、宗教みたいなものは苦手だったので、若い頃どんなに運が悪くても、その方面にのめり込むことはありませんでした。
創価学会にも一度連れて行かれたことがありますが、一回きりで終わりました。
ペンキ屋で働いている時の親方が、真光だったか霊波乃光だったか名前は忘れましたが、その宗教にしつこく誘われましたが、それも丁重に断りました。
たぶん、宗教に入って、精神的に成長する人もいれば救われる人もいるのでしょうが、私は性に合いません。
性格的にたぶん、合理性を求めているのだと思います。
だからこそ、世の中の不公平さや、理不尽な人を見てしまうと、「許せない」気持ちになってしまうのでしょう。
今でも、理不尽な人は許せないですし、世の中の不公平さに腹立たしさを覚えることは多々あります。
しかし、それらのマイナス感情をずっと引きずっていても、何もいいことはないと知ったので、なるべくマイナス感情はクリアにするようにしています。
「何を信じるのか」
というのは、とても大事ですね。
「引き寄せの法則」を信仰している人は、「マイナス感情」から目を反らすよう教えられているので、人間的に大きく成長することはありませんね。
マイナスを避けるか、マイナスを受け入れるか。
どちらの考え方を心の柱にするかで、本当に人生は全く変わってきます。
ちなみに、私は「一文無し」になったところも、「想定(イメージ)」したことがあります。
普通は、大金持ちになった姿をイメージして、その気分に浸ることで、実際に大金持ちになれるというのが、世の中の教えですね。
しかし、私は全く真逆の「一文無し」という貧乏になった姿をイメージして、その時どのような行動や思考をするのか、シミュレーションしたことがあります。
本当に驚きの発想ですね(笑)
しかし、一度このような恐怖を心の中で疑似体験すると、たぶん「一文無し」になることはないと思います。
何故なら、「一文無し」になった時のマイナス感情を一度克服したからですね。
「一文無し」になった場合、「どんな仕事でも喜んでやろう」と一度心の中で受け入れました。
実際は「一文無し」になるのは、とても嫌ですが、起こったら起こったで心の準備はできているので、ショックはそれほどないかもしれません。
応用例はいっぱいありますね。
皆さんはもうボーナスは貰ったと思いますが、ボーナスや給料に関しても、淡い期待を持つのではなく、「給料が下がる」ことを想定して生活することで、心の準備ができているので、日々マイナス感情になることは少なくなることと思います。
逆に日々安定した気持ちで生活できることの方が多くなります。
一旦マイナスを受け入れてしまうと、実は精神的にとても楽になります。
恋人や夫婦の関係もそうです。
相手に過剰に期待してしまうから、ケンカの種を心の中に作ってしまうことになります。
相手に期待しないでいれば、ケンカにもならないし相手に対するマイナス感情もさほど大きくはならないと思います。
逆に相手に対してマイナスを想定することで、相手とのマイナスを回避して、ずっと仲の良い関係でいられるかもしれません。
皆さんの幸運を心からお祈り申し上げます。
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